その人は携帯電話で話しながら、何かを探しているようだった。
数歩あるいて止まり、右、左とあたりを見る。何も見つからくて、再び電話に向かって話し始めた。誰かと待ち合わせていたのか、それとも道に迷ってしまったのか。
突然、「えっ!」という感嘆の声を上げて、大きく後ろに振り返った。こちらに向いた顔には、笑顔が浮かんでいる。望みのものは、見つかりそうだ。
片方の足に軸を置いて体を大きく翻す姿が印象的だった。
女性が振り返るさまはなぜ、綺麗に見えるのだろうか。
菱川師宣の「見返り美人」という浮世絵がある。昭和23年に切手にもなった。
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振り返る姿は江戸の昔から、女性特有の魅力的いで立ちとしてとらえらえてきたのである。
残された浮世絵をしばらく眺めて、こう思った。体を曲げることで出来る曲線が、美しさを作り出しているのではないか。男性の振り返る姿が美術品として多く残されてないから、正鵠を射ていよう。
心理的な面からはこうも考えられる。
体が進もうとする方向と、意識が向けられるの方向がずれが、葛藤の姿勢を作り出している。振り返るという動作には、後ろにある大事なものを確認するといった意味が含まれているような気がするのだ。
後ろに置き去りにしたものはないか?
通ってきた道は間違っていないか?
誰かが自分に呼びかけたか?
こんな時、背後を見返さずにはいられないだろう。多くは気のせいかもしれないが、大切なものが見つかる事もある。
これは大事なものを見つけた瞬間の光景であり、同時に、現代の見返り美人の姿なのだ。